[マガジンVol24] 中野の片隅に輝く縫製工場  株式会社 辻洋装店

洋裁ひとすじ! いい人間がいいものをつくる!

 上高田の住宅街、ちょっと路地を入った意外な場所に社員50名余りをかかえる縫製工場がある。「株式会社辻洋装店」。プレタポルテとも呼ばれる既製の高級婦人服製造を事業とし、その大部分を占めるブランドがジュン・アシダの作品という。世界的にも有名なデザイナーのプレタポルテを手掛けることになった経緯や、最盛期は都内に900社あった縫製会社が80社に減少した業界で、今も中野の地で輝く同社のエッセンスを紐解いてみたい。


▲辻庸介社長(70歳)に草創期から現在に至るまでお話を伺った。気さくで温かい人柄で、つい何時間でも話したくなってしまう

「人より余分に働きなさい」

 辻洋装店の創業は昭和22年。人形町にあった家を空襲で失い中野に逃れ、出征した夫に代わって一家を支えていた辻至子(よしこ)さんが、腕一本で当時では珍しいオーダーメイド店を出した。採寸から型紙づくり、ミシン掛けまですべてコツコツと丁寧な手作業で仕立てる洋服は評判を呼んだ。やがて無事に帰還した夫も洋裁を学んで洋裁塾を開いてから、新井薬師・梅照院の前に1階が洋装店、2階が塾の家を建
てた。そんな環境で育った昭和17年生まれの長男=のちの2代目社長・庸介氏は、高校生の時分から家を継ぐと決め文化服装学院へと進む。そして他店へ見習いに出て1年半、社長として切り盛りしていた母が病に伏したため急遽実家に呼び戻された。当時はイージーオーダー品(デパートから注文を受けて製造)を納めていた辻洋装店を何とか引き継ごうと、朝から寝る寸前までひたすら働いたと言う。その心には、「人より余分に働きなさい。そうすればいろんなことが見えてくる」という厳しい母の教えが刻まれている。

▲かつてジュン・アシダの取締役を案内した里平さん(現・統括部長)。「実は取締役の方と知らず、社員教育のことをひたすら喋ってしまって」と当時を懐かしんだ

▲小気味いいミシンの音が響く室内。グループが机を寄せ合う

▲美しいカーブを描く繊細な襟元などの部分は手作業で仕上げる

▲アイロンをかけて布にクセをつける。細かい工程が仕上がりを良くする

「あなたはいい社員をお持ちだ」

  庸介氏の社長就任後、株式会社化して今の上高田に移転し順調に従業員も増えていたが、21年前の平成3年にバブル崩壊。その頃、高級服製造にシフトしていた会社は激動の日々を送ることになる。仕事が激減した上に、今度は辻社長が心臓の病に倒れてしまう。長男の吉樹氏が跡を継ぎたいと修行に出ていた矢先のことだった。「継いでくれるのは嬉しいが景気も悪いし、いずれダメになるかも…」と弱腰に。ようやくの退院時、担当医に告げられたのが「今は持ちこたえたけど10年後は保障できないよ」。ハッと目が覚めた。「よし、あと10年あるなら色々できる!」と思い立ち、長男を呼び寄せ、起死回生に乗り出した。
「人を増員してもなお、満足できる確かな洋服をつくりたい」と辻社長が思い至った製造スタイルは“グループ制”。4~5人が一つのグループをつくって最初から最後まで洋服を仕上げていく。完成まで100以上もある工程は流れ作業でこなす工場がほとんどだが、少人数ですべて仕上げることでスタッフ一人ひとりのスキルアップにつながり、洋服づくりの楽しさややりがいを感じることができる。グループには入社したての初心者を必ず一人加え、若い力をみんなで育てている。高い技術力を支えるグループ制が、くだんのジュン・アシダ受注に結び付く。ある日突然ジュン・アシダの取締役が訪問した時、辻社長は母親の危篤の知らせを受け不在。代わって女性社員が工場を案内した。その後取締役に「あなたはいい社員をお持ちですね。普通は製造の効率だとかをアピールするものですが、この方は後輩を育てる話を一生懸命してくれましたよ」と、取引が開始した。何カ月か後、今度は芦田淳先生本人に呼ばれ、「腕のいいベテラン職人が少数で仕上げるのが常識だった。なのに、この社員の多さで、しかも若い人たちがこんなに素晴らしいものをつくれるとは不思議!もっとうちの仕事をしてくれ」と改めて要請されたのだった。

▲出来上がった洋服が運ばれてくる部屋。最後の手作業や仕上げを行う

▲用途によって多種類のミシンを使いこなす

▲頼れる3兄弟。(左から)アトリエを仕切る三男・豪さん、専務の長男・吉樹さん、プレス部主任の次男・将之さん

 

「洋服づくりは人づくりの道」

  不景気の波にあっても、毎年5~7名の新入社員を採用する。「何も分からない1年生社員にもちゃんと給料を払ってゼロから教えるのは覚悟のいることですが、人材を育てていかないとこの業界はダメ」と断言する辻社長が、常々発する言葉がある――「いい人間がいいものをつくる」。洋服づくりもそうだが、人づくりに重きを置き、外部の講師を招いて定期的に心を豊かにする勉強会を開いている。そんな父を見て育った子どもたちは、長男に続いて次男・三男も入社しそれぞれの持ち場で頑張っている。三男の豪さんがポツリと話してくれた。「もし父が八百屋だったら八百屋をやっていましたよ」。若い女性スタッフにそっと聞いてみたら、どの子も「辻社長がどんな人かって?やさし~い!!」と歌うように答えてくれた。

  

▲完成したジュン・アシダの春物スーツ。毎日70〜80着を出荷

辻社長語録●若いあなたへ
「本当に自分がやりたいことを見つけるのがあなたたちの務め。見つかったら、簡単にやめないで頑張って」

辻社長語録●従業員全員へ
「社長とは言っても、自分がみんなに一番お世話になっています」

辻社長語録●1年生社員の二人に
「朝礼のスピーチで、“周りの先輩がとてもいい人で、仕事は大変だけど入社して良かった”“帰宅した私をやさしく気遣ってくれる姉に感謝している”と話してくれた2人は抱きしめたいほどかわいかった。周りの人が良く見えるのは、自分の心が素敵だからですよ」

▲本社。住宅街の路地を入ったところに佇む
株式会社 辻洋装店
【本社】
中野区上高田2-10-14 TEL 03-3388-0019
【アトリエ】
中野区上高田1-36-15 TEL 03-3319-0133
http://tsujiyosoten.co.jp/
Facebookもやっています 

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投稿日時 2012-12-01

カテゴリー Vol24, おこのみっくすマガジン

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